ラブドールに人工知能がついたら即購入する ー 2045年問題

本書はレイ・カーツワイルの主張する「技術的特異点」がもたらす未来について言及しています。著者は松田卓也氏。著者は天文学の研究者で神戸大学教授などを歴任しています。
本書の主張は、2045年に人類が到達する「技術的特異点」の諸問題についてです。技術的特異点とは、コンピュータが人類全体の能力をはるかに超えてしまい、それ以降の人類の進歩が予測できなくなることを指します。

1章から4章まで、現在のコンピュータの状況を説明しています。スーパー・コンピュータの計算速度や人体連動型のコンピュータ・インターフェース、人工知能の開発状況などを説明し、映画のマトリクスで描かれたコンピュータが作り出した世界に人間の意思が入り込み、あたかも現実の体験のように活動する、、、そんな世界も実現不可能ではなという主張を展開します。
第5章からは、コンピュータが人間の意思に入り込んだ世界で、どのような変化が起こるのかという議論を行っています。

ヒューマンインターフェースの進化

まず発生する大きな変化は、コンピュータは持ち歩くものではなく、体の一部として装着することになるようです。本書では、現在、開発されているコンピュータ操作装置の一例としてエモーティブ社のエポックを紹介ししています。

エモーティブ社のエポック

エポックを利用するとあまたで考えれば、コンピュータの操作を行うことが可能になります。表示装置は、最近話題のグーグルグラスなどに代表される装置が利用されるようになるでしょう。

グーグルクラスをかけている人

これらの装置が発達していけば、私たちは頭で考えただけで、ネットを検索し、結果を意識の中に映し出すことが可能になります。本書では体にチップを埋め込んで、、、的なことが書かれていますが、これは技術的に可能でも、人間側の理性が拒否すると思います。

ただ、2045年には普通の眼鏡でこれらの機能が実現されると思います。この眼鏡がスケジューラ機能をもって、予約した時間が来ると体に微弱な電気を流し、「○○の時間です」と眼鏡に表示、眼鏡が常に体調の管理をして、体調が悪化すると医者に行くことを即す。

コンピュータが体に一部になると、初対面の人でも、その場でその人のSNSを確認することができます。共通の話題を探す必要がなくなるので、コミュニケーションは円滑になるかもしれませんが、あまり気持ちは良くありません。

人工知能の進化は進むか

次に人工知能について本書は言及しています。本書ではあたかもコンピュータが意思を持って人間と同様に考えて意思を持って行動するというニュアンスで議論を展開します。
しかし、ここらの論拠が弱い。あと30年あまりで、コンピュータが人間以上の意思を持って自立活動するためには、様々な問題をクリアしなければなりません。

現在のコンピュータは、「教えられたルール通りに提供された情報を処理を実施」することを念頭に作られています。自立意思を持つためには「自らルールを作り出し提供されない情報を探索し処理を実施」する機構を持つ必要があります。

現在のコンピュータは「プログラム内蔵方式」というアーキテクチャを実装しています。あらかじめ作成されたプログラムをメインメモリに展開します。プログラムはデータの内容に応じてプログラムの内容を修正したり、新しいルールを自動的に追加することは出来ません。
ニューラル・ネットワークというコンピュータ技術も盛んに研究されていますが、まだまだネズミや猫レベルの脳しかシミュレートできていないようです。ニューラル・ネットワーク専用のハードウェアの研究が独自に進まないと意思を持つコンピュータを作るのは困難です。

猫レベルの脳はこんな感じ

しかし、猫レベルであれば、飼い主の認識が出来るので十分かもしれません。何が十分かというと愛玩用ロボットとしてどうかなと、、、以下の写真は産総研が開発した「HRP-4C」というロボットです。このロボットが飼い主を認識して、ゴロニャンしてくれたら、結構うれしいかもです。

産総研のHRP-4C

また、猫レベルの脳をラブドールに組み込むのもいいかもしれません。これが発売されたら日本の少子化はさらに加速するでしょう。以下の写真は、オリエント工業社のラブドールです。こいつがなついてきたら、人類の男どもは「嫁いらず」間違いなしです。

オリエント工業社のラブドール

飯は作らないけど、文句を絶対に言わない嫁、いつも自分を好きでいてくれる、そんなラブドールに多くの男はイチコロになるでしょう。
話が全然それてしまいましたが、猫レベルの脳でも、ラブドールの頭に組み込むことは不可能です。まだ、装置の小型化が追いついていません。

また、人間が突然ひらめいたり、突然気分が落ち込んだりする理由として、脳波の揺れがあると「単純な脳、複雑な「私」(池谷裕二著)」に書かれています。

池谷裕二大先生

常に不確実性な状況に脳があるために、相手を読み切ることが出来ないのです。そこが人間も難しいところです。コンピュータが意思を持ったにしても、この不確実性を実装することは出来ません。不確実性のない思考回路は、思考パターンを予測することは容易です。したがって、次にとる行動も容易に予測可能ですのから人間を支配することは困難なのです。(だた、コンピュータには、クロック・ジェネレータという振動子がついているので、ひょっとするとこの揺れをシュミレートできるかもしれません)

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本書の主張は「このままコンピュータが進化すると、私たちはコンピュータに支配されるかもね」です。最終的に人間ががコンピュータとの戦いに勝つには、教育を強く押し勧めるしかないと本書は主張していますが、論拠がムニャムニャ・・・なので今ひとつ説得力に欠けるのです。

最後の一文が「人間の理性に一縷の望みを託したいと思います」で終わっているので、「えーっ!人間の理性に寄るなら今までの議論は何???」という感想に至るのでした。本書を読むにあたっては「機械との競争」を先に読むことをお勧めします。いきなりこの本を読むと頭がこんがらがります。

で、得た私が結論は、オリエント社のラブドールがゴロニャンしてきたら、欲しいかもしれないということでした。

単純な脳、複雑な「私」

単純な脳、複雑な「私」

機械との競争

機械との競争