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小橋建太の引退とジャンボ鶴田の13回忌

先週末、小橋建太引退試合をテレビで観戦しました。同い年のアスリートの引退は寂しい限りです。しかし、私たちの年代は、後進に道を譲っていかなければいけないのだと痛感した試合でした。
小橋建太の試合は、いつも魂を焦がす臭いがしていました。どんなに劣勢でも耐え続け、反撃の機会を待ち続ける小橋の姿に心を熱くしたものです。

小橋建太の引退で、旧全日本プロレス勢が継承し続けた「明るく激しい」プロレスは完全に幕を閉じました。どんなに運動能力の高い選手が登場も、どんなに激しい血で血を洗うような抗争も、小橋建太からもらった熱い魂と同じインパクトを受けることはないでしょう。

プロレスの見方は、人それぞれです。私も40年近くプロレスを見ていますので、私も独自の視点でプロレスを見ています。私が選手を評価するとき、最も気にするのは「その選手は誰と戦っているか」という視点です。

誰と戦っているのという視点でレスラーを見ると4つ分類ができます。

最も多いタイプが「リング内の相手」と戦う選手です。リングに戦う相手は、リング内の対戦相手しかいませんので、当たり前と言えば当たり前ですが、このタイプの選手は、見るものの心を熱くすることはできません。対戦相手のとの駆け引きの中でしか、自分を表現できませんので、記憶に残る名勝負を残すことはまれです。

次に多いタイプが「自分自身」と戦うタイプです。このタイプは比較的多くの名選手がいます。リング内で自分が輝くことを第一に試合に臨みます。リング外でも自分が輝くためなら多少の伏線を張ることも問題視しません。このタイプの選手は、リング内の試合より、リング外の伏線の方が印象が強いので、名勝負と言われる試合の内容が克明に思い出せなかったりします。

そして、見るものの魂を焦がす「観客」と戦うタイプ。小橋建太は、いつも観客と戦っていました。観客が満足するまで、自分と相手を痛めつけます。「ここまでやれば、満足か?」「もっとか、もっとか」と、リングからは小橋の心の叫びが聞こえていました。小橋はよい意味で観客に媚びて試合をしていたのです。全神経を観客の心に寄り添わせて戦う。だから、小橋の試合の観衆の魂は、試合中の小橋と一緒にリングに上がり、ともに魂を震わせ戦っていたのです。
観客と戦うレスラーはまれです。このタイプのレスラーはもう一人います。すでに引退していますがブル中野です。ブル中野も常に観客と戦っていました。(参考:1993年の女子プロレス/柳澤健

最後のタイプは、「誰とも戦わない(誰と戦っているのかわからない)」タイプです。このタイプのレスラーは、過去に一人しか見たことがありません。そのレスラーは、ジャンボ鶴田です。「プロレス史の中で一番強いと思うレスラーは誰?」と聞かれたら、私は迷わずジャンボ鶴田の名前をあげます。ジャンボは強すぎて、リング内の自分を常にもてあましていました。強すぎる故に、リング内では常に迷いがありました。リングに上がっても、対戦相手、観客、自分の誰とも戦うことができないのです。とても苦しかったと思います。試合にムラがあると批判が多かったのも確かです。相手をたたきつぶすここともできず、器用に対戦相手とダンスを踊ることもできませんでした。でも、彼は持ち前の明るさで常にファンを楽しませる努力を続けていました。彼のような天才は2度とプロレス界には現れないことでしょう。

小橋建太の引退から2日。今日は、不世出の天才プロレスラー、ジャンボ鶴田の13回忌です。ジャンボも現役晩年は、小橋と同様に病気に苦しめられました。師匠であるジャイアント馬場の死の2ヶ月後にジャンボ鶴田は引退します。その翌年、2000年5月13日に師匠を追うように肝臓がんで亡くなりました。私が史上最強と信じて疑わなかったレスラーが、病気で簡単に亡くなった事実は、今でも信じることができません。

ジャンボの肉体に小橋の魂をもったレスラーがいたら、世界を変えるプロレスラーになったことでしょう。現在のプロレスの凋落は目を覆うばかりです。リングに上がったら、誰と戦うのか?今のプロレスは、相手を痛めつけるだけが、目的になっているかもしれません。

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