自立こそが老後の基本精神 ー 「老いの才覚」

老いの才覚 (ベスト新書)

老いの才覚 (ベスト新書)

日本が高度成長期の真っ只中にいる時は、60歳で停年し、その後は悠々自適に隠居生活を送るということが当たり前のように信じられていました。その頃は、年金問題少子高齢化の問題も騒がれてはいませんでした。その頃から約40年経った現代は、60歳で隠居するなんて非常識も甚だしいと言われかねません。

たった40年ですが一体何が変わったのでしょうか。私は子どもなので知りませんでしたが、1970年代には、年金に問題があることも、2000年を超えると人口が減っていくこともわかっていたそうです。

「しーっ!黙ってような」と当時の政治家が言ったかどうかわかりませんが、この時代は誰もが日本の成長を信じ、落日の日が来ることなど想像すらできませんでした。
私の親も含めて、この時代の成長を支えた大人たち、まあ、現在の後期高齢者と言い換えてもいいかもしれませんが、、、は決してお上品とはいえないひと達が多いようです。

この時代を生きたお年寄りが上品でない理由は、色いろあるのでしょうが、本書では次の指摘がされています。

教育の問題も大きいですね。戦後、日教組が、何かにつけて「人権」「権利」「平等」を主張するようになりましたね。その教育を受けた人たちが老人世代になってきて、ツケが回ってきたのだと思います。

なぜ、最近の年寄りがお上品とは思えないのか。それは、何かにつけて自分の権利を主張して、何かをしてもらおうとする、その姿にあるのです。本書は、ここをズバリ指摘のポイントにしていて、非常に胸がすくわれる思いです。

結局、この時代のひと達がそういう思考回路になってしまったのは、落ちこぼれをうまない時代を生きたからだと思えるのです。高度成長期は、多少デキが悪くても社会全体で、デキの悪い連中を引き上げてやれるだけの経済力と前向きな精神を社会全体が持っていました。
為替相場が固定から変動に変わったのが1973年です。80年代半ばまでは、200円〜300円でしたので、まだ輸出業は元気で、それなりの利益を確保することができていました。

この時代を生きたひと達は、戦後の混乱期を自力で生きた親を持ちます。彼らはきっと自分の親たちと違う自分でいたいという思いで、60年代・70年代を疾走したのでしょう。彼らは素晴らしいことに社会的な落ちこぼれを最小にすることに成功しました。

今まで、何もしてもらえなかった社会に、突然親切にされ始めたわけですから、さぞかし幸福だったでしょう。しかし、人間は慣れる生物です。施されることに慣れてしまい、施されない自分に不満を感じるようになり、自分に施しを与えない人びとを攻撃する。

このように満足できない年寄りを筆者は次のように分析します。

よく「日本は経済大国なのに、どうして豊かさを感じられないのだろうか」と言われますが。答えは簡単です。貧しさを知らないから豊かさがわからないのです。

この指摘は、後期高齢者だけを指すわけではありませんが、ひとと同じでなければならない、ひとと同じであるという感覚で生きていく限りにおいて、豊かさを感じるのは困難なのかもしれません。

2055年には四人に一人が後期高齢者になるそうです。私が生きていれば、後期高齢者の一員です。この時に自分自身がどのように生きているのかわかりませんが、尊厳のある後期高齢者でいたいと思っています。

尊厳があるというのは、精神的、肉体的、経済的に自立しているということです。年をとってまで、強く生きる必要はないと考えなくもありません。しかし、楽観的に考えても私たちの老後は、現在の年寄りに比べると恵まれていないはずです。自立こそが自助の基本精神です。

老人といえども、強く生きなくてはならない。歯を食いしばってでも、自分のことは自分でする。それは別に虐待されていれていることでもなければ、惨めなことでもありません。誰にも与えられた人間共通の運命なのですから。

私たちの老後は決して明るくありません。私たちの父母は60歳でリタイヤできました。私たちはさらにもう10年は長く働く必要があります。もらえる年金はさらに減っているかもしれません。しかし、自助の精神で自立をした生き方をすれば、悲観することなく楽しく生きていけるはずです。私たちの父母は与えて貰って生きてきましたが、私たちは与えることで豊かさを感じて生きていくのです。

本書は、老いることは才覚だと主張します。老いる才覚とは苦しみから得る知恵であると。

要するに、今まで得たデータを駆使して、最良の結果をさそうとするシステムのことです。
昔の人は、そのシステムが頭に入っていました。こういう状況の時、自分はどうすればいいか。もしこの方法がダメだったら、次はどうしたらいいか、と機転を利かせて応え絵を出した。それが才覚です。

本書は、置いる才覚を7つの視点で解説しています。

  1. 「自立」と「自律」の力
  2. 死ぬまで働く力
  3. 夫婦・子どもと付き合う力
  4. お金に困らない力
  5. 孤独と付き合い、人生を面白がる力
  6. 老い、病気、死と慣れ親しむ力
  7. 神様の視点を保つ力

30年ほど前の映画で「楢山節考」という姥捨て山の話がありました。当時大変に話題になりました。役に立たない老人を山に捨てる。当然老人は野垂れ死にします。食いぶちを減らすために、昔は当たり前に行われていたのかもしれません。食物連鎖の一環で考えると実に合理的ではあります。ひょっとすると捨てられる側も当然の行為として受け入れていたのかもしれません。

生と死と老い。
時代が変わって死ぬ意味や食べる意味も変わっていますが、私たちが老いるということは何ら変わっていません。生きるということは精神的には複雑ですが、生物的な観点で見るととても単純です。複雑にしているのは、見栄やこだわり。単純に生きなきゃと思う一冊でした。