読自とは自分を客観的に見る力―「本を読んだら、自分を読め」

ひとが悩む原因の多くは、二人称の関係性でしか状況を判断していないためです。
自分と相手の距離感や関係性でしか状況の判断できていないため、妄想が膨らみ、自分で自分を苦しめるハメになるのです。客観的な判断ができさえすれば、余計な妄想に苦しめられることはありません。

客観的な判断をするにはどうすればよいのでしょうか?

答えは単純で、三人称で考えることです。ただ、三人称で考えるには、多くの情報が必要となります。若い時に悩むことが多いのは、考えるための情報量が足りず、思考が二人称の枠から出られてないからなのです。

本書は著名ブロガーの小飼弾氏が、「なぜ本を読む必要があるのか」という疑問に正面からぶつかり解答しています。
「なぜ本を読むのか?」著者の答えは単純明快です。

本は、君を救ってはくれない。けれども、本を読むことで、自分を救える自分になれる。

本自体に悩みの解答が書かれているわけではなく、書かれている内容から解答を見つける自分を育てていく。本書は、これを「読自」と呼んでいます。自分自身を読み解く、それが読自です。

情報が足りていないのに、問題を深堀りすると、ネガティブな要素しか残りません。大人になるとズルさが身につくため、二人称の問題に強制的に第三者を登場人物を加える芸当ができるようになります。

「あの人は俺の味方だ」
「彼に責任をなすりつけよう」

こういうのは、自分勝手な現実逃避なのですが、これも自分を守るための立派な特技です。著者なこの現実逃避を次のように述べています。

現実逃避をしようにも、想像力がない人はうまくいきません。その逃避先の現実を妄想できるだけの能力が必要になります。

何かを考えるには、考える材料となる情報が必要になります。テレビ、ラジオ、インターネットなど情報には事欠かない現代ですが、本の中にこそ、考える自分を作るための情報があるのです。

本を読む必要性は感じているが「なぜ本を読むのか」という根本的な解答がほしい時に本書を読むべきです。本書には、本を読む意味がこれでもかというばかりに散りばめられています。