父・金正日と私 金正男独占告白 /五味洋治

本書は、金正日氏の長男である金正男氏との150通のメールと7時間のインタビューを書籍化したものです。

著者は東京新聞の五味洋治記者。
2004年の北京空港で偶然に金正男氏を見かけ、名刺を渡したところからメールのやり取りが始まります。
2004年の交信は1ヶ月ほどで途切れますが、2010年に金正男氏からのメールで交信が再開します。
1本のメールは10行程度と短いものです。メールに著者が世間話と1〜2つの質問を行い、金正男氏がそれに答えるという形態です。

2010年からの交信は10月に始まり、本書での最終のメールは2012年の1月3日です。
この間に、金正恩氏の後継決定、東日本大震災アラブの春金正日氏の死去とさまざまな出来事が発生します。
金正男氏の発言は多岐にわたり行われますが、共通しているのは、常に冷静で真摯であるということです。
北朝鮮幹部に対して批判的な立場をとり、国民の生活を憂い、国際情勢の中で北朝鮮が恐慌的な態度をとることに理解を求めます。
批判的でもなく、相手の立場を尊重し、何が重要かを考え発言する金正男氏の姿勢には好感を覚えます。

金正男氏の主張は次の3点に集約できます。

  1. 三代世襲には賛成できない
  2. 開国して海外資本を取り入れるべき
  3. 国民を犠牲にした政治に不安を感じる

本書内で一番印象的だったのは、次の発言です。

現在北朝鮮が軍事中心で強硬な姿勢に見えるとおっしゃいましたが、全面的に正しい言葉です。
それでは北朝鮮がなぜこのように強硬な姿勢をとっているかを探ってみる必要がありそうです。
北朝鮮は地理的に、列強にはさまれていままで生存してきた政治的システムとみるのが正解と思います。その間、(北朝鮮の人たちの心理の中に)葛藤と不信が根強くなったといっても言い過ぎではないでしょう。
北朝鮮は自らのシステムを守るために核に固執することで、北朝鮮だけ核をもつことができないという、不思議な国際社会のルールに挑戦していることへの理解が必要だと考えます。
もちろん、いかなる一方的な強硬なルールも行動も問題解決に役立たないという点をはっきりさせておきたいです。

北朝鮮が強硬なのは、その歴史からと金正男氏は主張します。その意思を貫くためには、北朝鮮(のシステム)にとって核は必須なのだと訴えるのです。

金正男氏は、現在中国で生活をしています。
北朝鮮の中軸からは完全に外れていることが、本書からは読み取れますが、筆者によるとその生活は中国によって、保護されているとのことです。
中国は、北朝鮮の現体制を決して肯定しているわけではなさそうです。
常に北朝鮮の体勢に不安を抱き、いざという時には金正男氏をトップに据えて、国家の再構築を視野に入れているそうです。

2012年は国際的な選挙が多く、さまざまな国の元首が交代します。
大方の予想では、中国はこの秋の中国共産党全国代表大会で、国家主席習近平副主席に就任するとのことです。
国家主席の方針に変更が発生した場合は、金正恩体制にも影響は少なくないはずです。
不安定な基盤上で、かろうじて体制を維持している北朝鮮ですが、もう長くないことは間違いありません。
なんとか北朝鮮の正常化にソフトな着地点を模索できないものでしょうか。そのソフトな着地点の中には金正男氏の姿があって欲しいものです。