さよなら!僕らのソニー/立石泰則

さよなら!僕らのソニー (文春新書)

さよなら!僕らのソニー (文春新書)

「さよなら!僕らのソニー」は、ソニーに特別な思いを寄せている中年男性へのちょっと切ないストーリー。
僕らが好きだったソニーは、二度と戻ってこないよってお話。

私にとってのソニー

1980年代の始めの頃、それは私が中学生だった時代。
当時は、まだ、CDやビデオレンタルは世に登場していなかった。当然、iTunesもない。
音楽を聴くという行為には、それなりの時間とコストが必要な時代だった。

音楽を聴くには、アナログのレコードを購入するか、ラジオから流れてくる曲をカセットテープに録音するという二つの方法しかない。
お金のない中学生は、レコードは買わず、ラジオから流れる曲をカセットテープに録り溜め、自分専用の音楽ライブラリーを作っていくのだった。
2週間分の番組表と流れる曲名が掲載されたFM専門誌は、音楽ファンの必需品だった。(ちなみに私は週刊FM派だ)
音楽を聴く習慣ができると、次に出てくる欲求が、「もっといい音で聞きたい」
当時の中学生が音楽を再生する機械は「ラジカセ」と呼ばれる、ラジオとカセットテープの複合機だ。
価格は3万円位からあり、高級機になると7万円以上するものもあった。

当時のソニーは、「XYZ(ジーゼット)」と呼ばれたラジカセを販売していた。
XYZは、価格が7万円代の高級機。
フェザータッチのテープ操作ボタン、ドルビーノイズリダクション、フェリクロームのカセットテープが利用できるなど、、、
当時の最新鋭で、音へのこだわりが満載の製品だった。
どうしても、XYZが欲しかった私は、1年間にわたり親を説得し、さまざまな条件を受け入れた。
そして、XYZを手にするのだ。
今でも、このXYZを手に入れたときの感動を忘れることができない。

あれから30年あまり経った今でも、ソニーは、私のあこがれのメーカーなのだ。

ソニーの理念とは

ソニーは、井深大氏と盛田昭氏により1946年に創業。
日本初のテープレコーダーやトランジスタラジオを製造し、後発のメーカーながらAVの分野でトップブランドを築くことに成功する。
1980年代のソニーのブランドイメージは、次のようなものだ。

ソニー製品は、全体的に他社製品と比べて価格が高かった。それでも「高性能・高機能・高品質」でデザインも斬新だったため、売れていた。

これは、ソニーのもの作りの姿勢や理念が、深くユーザーに浸透していたためで、ソニーは広告で多くを語ることなく、製品内に強いメッセージを込めていたのだ。
盛田昭夫氏は、ニューヨークにショールームをオープンする際に、次のメッセージを発している。

ニューヨークのショールームに日章旗を掲揚するさい、創業者の盛田昭夫氏が掲げた理由「ここは、日本の会社だよ。オレも君たちも日本の代表なんだ。われわれは、日の丸に恥じないことをやるために、国旗を出す(掲揚する)んだよ」をいま一度思い返すなら、ソニーが創業者のものではなく一企業の利益のためにでもなく、まさに日本という国、あるいは日本国民のために存在していると森田氏は言っているのだ。

盛田氏は、世界から見える日本がどうあるべきかを考え、その中でソニーはどういう役割を果たすのかを考えていた。
そして、製品を通して社会やユーザーをどう変えるのかを見ていた。
そんな強いメッセージがソニーブランドの神話を構築していったのだ。

出井さんという人と、出井さんが目指したもの

ソニーが、私たちの知っているソニーらしさを出したのは、5代目社長の大賀典雄氏まで。
6代目の社長に出井伸之氏が就任すると、ソニーソニーらしさは、徐々に影を潜めていく。
出井氏は、俗に言う「平取」から、14人の取締役をゴボウ抜きし、社長に抜擢された。
この出来事は、大きなニュースとなった。
マンガ「島耕作シリーズ」でも、この出来事がモデルと思われるエピソードが掲載される。
それほど、出井氏の社長昇格のニュースは、当時の日本では衝撃的なニュースとして受け入れられたのだ。

出井氏は、役員会での後ろ盾がないため、自分自身の新しい功績を作ろうと奮闘し始める。
出井氏が社長でいるための基盤を盤石にするには、さらなる業績向上が必要だったのだ。
しかし、それはソニーが築き上げてきた文化を破壊する行為だった。

出井氏が社長に就任すると、インターネットを含むネットワークに繋がることから始まるビジネスへの取り組みや、ハード(製品)単体での売り切りビジネスではなく売った後からも続くビジネス・モデルの開発などにに挑戦するものの、いずれも成功したとは言いがたい。全社で形になったものは、店舗を持たないインターネット金融機関「ソニー銀行」や「ソニー損害保険」ぐらいである。インターネット証券は投資段階で終わっている。他者と組んだ音楽配信や動画配信では、十分な利益が得られる段階までには至らなかった。

出井氏が就任期間に構築したソニーコングロマリットは、ソニーソニーらしさを薄めていく結果になった。
筆者の出井氏に関する評価が悲しい。

私は、この時に出井氏は何かを勘違いしてしまい、自分も世界経済を動かしているひとりになったとでも思ったのではないかと考えた。

ストリンガーはなにを変えたのか

出井氏退任後、ソニーアメリカの会長兼CEOであったハワード・ストリンガー氏が社長に就任する。
ソニー初の外国人社長である。
ストリンガー氏は、出井氏が進めた「ハードとソフトの融合」事業をさらに推し進める。
ストリンガー氏はCBSの出身。まさにバリバリのソフト畑の人だ。人の生活を変える技術よりも、人を楽しませるエンターテイメントを優先する。

そして、ストリンガー氏は事業のコスト構造のみに注力していき、ソニーにとって一番大切だったはずの技術をどんどん手放していく。
居場所の亡くなった技術者はどんどんソニーを離れ、居場所のある新天地を目指した。
ソニーのテレビ事業を支えた技術者は、韓国のサムスン電子などに新天地を求めた。

それによって、何が起きたか。「(転職したエンジニアは)サムスンのテレビの画質向上に貢献したと思います。ただ、ショックだったのは、ソニーのテレビの絵作りとサムスンのそれが似てきたことです。つまり、ソニーサムスンでは、画質に差がなくなってきたのです」

また、ソニーブラビアは美しいと評価される基になっていた処理チップDRCも、コスト削減のために内蔵を取りやめる。
役員会で、内蔵したテレビ、内蔵しないテレビを見比べて、差はないと判断しての決定だった。
ストリンガー氏の元で、コストの削減に挑んだソニーは、自社製品の低価格化、コモディティー化を招いてしまった。

残念なのは、ストリンガー氏はソニーをただの収益マシンとしかとらえていないかとしか思えないこと。
筆者がソニーのビジネスモデルについて行った質問で、ストリンガー氏は次のように答えている。

私はストリンガー氏に直接、「ネットワークにつなぐ理由はわかりましたが、ではどこで利益を稼ぎ出すつもりなのですか。それを教えてください」と尋ねた。ストリンガー氏は少し考えてから、こう答えた。「それをいま、平井(一夫氏)に考えさせているところだ」「・・・・」私は、絶句した。ビジネスモデルを持たないまま、すべてのソニー製品をネットワークに繋ごうとしていたのか。

ちなみに

2010度の報酬額が1億円を超えるソニーの役員は四名、会長兼CEOのハワードストリンガー氏が約8億6千万円(ストックオプションを含む)、副会長の中鉢良治氏が約2億5千88万円(同)、副社長の平井一夫氏が約1億5千280万円(同)・・・・

ソニーはどこに向かうのか

2012年4月よりソニーは新社長に、現在の副社長である平井一夫氏が就任する。
平井氏はCBSソニー(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)の出身。ストリンガー氏と同じくソフト畑の出身だ。

ソニーの期待の星は、プレステを世に送り出した久多良木健氏と言われていた時期があった。
残念ながら久多良木氏は、2011年でソニーのすべて役職から降りている。
今さらではあるが、久多良木氏に一度ソニーの陣頭指揮を執って欲しかった。個人的には誠に残念至極である。

ソニーは、平井体勢になってからも、出井氏が目指した「ハードとソフトの融合」を目指して行くであろう。
プレイステーションを中心としたエンターテイメント事業が、ソニーの顔になっていくと思われる。果たしてこの事業は、世界や日本をどう変えるのか。ソニーのビジョンやスピリットはなんなのか。
大きくなりすぎて、私にはもう、ソニーの顔(ブランドイメージ)が見えなくなっている。

「ビジョナリーカンパニー3 衰退の5段階」によると、企業が衰退していく過程は、次の5段階を経るという。

第一段階 成功から生まれる放漫・・・成功に慢心し、努力を怠るようになる
第二段階 規律なき拡大路線・・・コアコンピタンスを無視し事業拡大を図る
第三段階 リスクと問題の否認・・・現在の問題を過小評価し、無視する
第四段階 一発逆転の追求・・・なりふり構わぬ事業回復を図る
第五段階 退屈と凡庸な企業への転落か消滅・・・普通の会社になるか消滅する

私の個人的判断でしかないが、ソニーは既に第二段階にある。
第三段階に入っているのかどうかは、ソニー内部の人間にしか評価はできないであろう。
2012年期のソニーは2900億円の赤字で終わる予定でいる。
さまざまな問題があるはずであるが、問題を抱える部門においては大なたを振るわなければなるまい。
ソニーが第五段階でいわれる消滅の憂き目に遭うことはないであろうが、ビジョナリーカンパニーがいう「弾み車(コアコンピタンス)」を見失ったソニーに、私たちがあこがれた時代ののソニーに戻れというのは無理な話だ。

スティーブ・ジョブスは、もの作りで「こうあるべきだ!」を最後まで貫いた。
井深氏も技術者に無理難題を次々と課していったそうである。
そうした作り手の思いがつまった商品は、利用者の心をつらぬいて離さないものだ。
今のソニーから、思いがつまった商品が発売されるとは考えにくい。

これからもソニーは日本の大企業、世界の大企業として活躍の場を広げていくであろう。
しかし、XYZを作っていた、私のあこがれのソニーはもうどこにもない。